今年度の文化庁委託・人材育成講座、1月21日(土)の報告です。前回に続いて東京にほんごネット有田玲子先生にご登壇いただき、当法人から半場もご一緒させていただきました。

1回の講座が2時間、それを2回ですから、有田先生には計4時間にわたり「ラポール」について深堀していただいたことになります。それほどに、地域日本語教育では大切なテーマだと考えてのことです。

さて、2回目になる今回は「教室内で起きていること」と「教室内で起こしたいこと」に着目するところから再開しました。

日本語教育の養成段階では確かに教科書にラポールという言葉が出てきて、それは「信頼関係」と書いてあります。もう少し丁寧な教科書ですと、ラポールは「最初の段階で築くもの」と教えてくれます。

ですが、実際に長く現場に立ってきた有田先生と半場の打ち合わせの中で、「ラポールって、最初だけじゃないよね?」「常に走っているものだよね」ということを話し合ってきました。それら私たちの話し合いを汲み取って、先生はラポールを「対話を重ねながら、互いに持っているものを出し、すり合わせ、納得解を創り出していく作業」としてくださいました。

また、「人任せにできないという自覚」「内観する姿勢」「意図を持った行動」は地域におけるコミュニティづくりにつながっているということを、私たちは団体の歴史からも実感しています。

こうした考察の手がかりとして、今回もマイクロ技法の階層表の、特に「五段階の面接構造(のうち、ラポート・問題の定義化(見立て)・目標設定・日常生活への般化)」のあたりを見てみました。

それから「意図性を持った関係性」については、「実は日常生活にもあるよね」ということから、ある事例をご紹介しました。

下記の事例は、本講座のために有田先生と半場がオンラインで打ち合わせをしていた時のことです。半場の自宅に宅配便が届き、有田先生と半場の息子が雑談をすることになりました。講座ではその時の音源を題材にして、「意図を持った質問の事例」を受講者の皆さんにご紹介いたしました。(本HPでは文字おこししたものを掲載します)

有田先生の問いかけに、ご注目です。

後に有田先生がおっしゃっていました。「突然、小学生と二人残されて『どんな話をすればよいのだろう?』と考えた結果スタートした『対話』であった」と。

改めて文字に起こし、分析しましたら、先生は息子に質問することによって「答えは渡さないけど、答えが書いてある場所へ向かわせるのか?あるいは答えを引き寄せるよう促すのか?」をしようとしていることに気づきます。そのような先生の質問力に、意図をもってコミュニケーションした結果のラポールも垣間見えました。また、この問いかけは学校で得た知識と、教科書や献立表といった素材をつなぐ意図も感じられ、彼の日常生活の中心である学校での学びがより深いものになったのだと実感しました。支援者という言葉の良し悪しはよく論じられるところですが、私たち地域日本語教育の専門性に、こうした学びをつなぐという意味での「支える」があることはとても大切だと思います。

そして、彼の学びとともに私たちは「無機質を取らないと、体がヘニョヘニョになっちゃう」ということも分かりましたし、これからは給食の献立表が一段とまぶしいものに変わりました(笑)

続いて2つめ、3つめの事例を一気に見ていきましょう。

日本語学習者からよく聞かれるものとして「ひらがな・カタカナできません」「敬語が分からないので、電話を掛けることができません」「日本語が分からないので、○○ができません」といったものがあります。

日本語教育参照枠の尺度にもある「できる」という真の意味について、これを能力的なものだけだと判断するのは早合点だと考えられ、そうではないものもあるということに当たりを付けて実践した事例になります。

「ひらがな・カタカナできません」の背景では、もしかしたら「(私の前にいる学習者たちは)簡単な文字の読み書きはできるけど、五十音表通りに全て書き埋められない=できない」と言っている?というあたりをつけ、教育実践をしました。このことは、以前本HPに掲載しましたので、そちらをご覧ください。(詳細の事例

 

3つめは、職業訓練での事例です。

「敬語がよく分からないので、電話で会社に面接応募できません」というお声がチラホラ聞かれる時があります。「敬語がよくわからない」と「どうして電話できない(行動に移せない)」のでしょうか。私はこの2つがどうしても結びつかず、もしここで「そうですよね。じゃあ、敬語の勉強し直しましょうか」というのは、教師としての私が自己一致しなかったのです。

すでに「…応募できません」と言っているように、「です・ます」も十分コミュニケーションに影響を与えない程度の敬語だと考えれば、「どうして敬語ができるのに、電話を掛けることができないのでしょうね」と回答することの方が自分にも嘘のない状態だったことから、下記の教案を考えました。ここでの学習者の「できない」は能力的なことが背景にあるのではなく、「電話は不安だからできない」ということだったように感じました。皆さんも、もし自分が求職活動中だとして、企業に電話をかけることを想像してみてください。相手の担当者が「どんなことを聞いてくるんだろうか?」と心配になり、事前に会話のシミュレーションをしますよね。

有田先生のアドバイスのもと、教案の型には教師としての私の意図が分かるよう「教師の意図」という欄を追加。さらに私たちの打ち合わせの結果、教室活動中ずっと走っているのは「ラポール」と「非認知能力への働きかけ」ということで右に2本の柱を書き入れました。日本語教員養成課程で教わる教案とはずいぶん違うと思いますが、この講座では「教師の教育的な意図を見える化して、地域日本語教育人材と共有する」ということを試みています。

ちなみにこの授業で使ったレアリアはこちらです(バイト応募の「電話トーク」マニュアル|#タウンワークマガジン (townwork.net)

こちらの動画は求職者の音源が入っていて、採用担当者の方は入っていません。私がお伝えしたかったのは、「電話のかけ方のサンプルはココにあるよ(情報提供)」「電話のかけ方で使う日本語を書きだしてみると(ディクテーション)、自分がこれまで勉強してきた日本語と同じだということがわかるよ(自分で学びを繋げられるように)」ということなのですが…

それ以上に!「採用担当者の言葉が入っていないから、”何と聞かれるのかを想像してみる”(想像力を働かせて、心の準備をする)」「仲間とともに一つのワークを成し遂げることで”納得する”(成功体験)」を受け取ってほしかったのです。そしてみんなが、「やってみます」と自信を持って行動に移す姿を、「私も」見たかったということです。

これはピア学習とも言いますが、こうしたグループによるダイナミクスによる学びは本当にかけがえのないものです。みんなは「YouTubeなら動画の再生速度を変えられるよね、字幕も見られるよね」と言った具合で、いかにしてディクテーションを有効にしようかとアイディアを出し合っていましたし、「グループで」というミッションを課したことで譲り合って動画を見るということなどもしているようでした。非認知能力をフル稼働し、タスクに向き合ってくれました。

ちなみに有田先生は、この事例を聞いた上で教案の右端に極太のジグザグを加えてくださいました。

このように分析もしてくださいました。

・・・

さて、こうして事例と意図を見ていただいたのち、受講者の皆さんにもワーク活動をしてみていただきました。学習者の相談やニーズを教育的意図をもって結び付けるには、どうしたらよいかを考えました。

いつも有田先生とは教材「つなひろ(文化庁:日本語学習動画「つながるひろがるにほんごでのくらし)」を使うのですが、今回はあえて「つなひろ」の中身を使わずに。「つなひろ」の目次を見て、

①これらのタイトルを学習項目に取り上げる必要があるとしたら、それは学習者が教師であるあなたにどんなことを言ってきたからだと考えますか。(例:電話のかけ方がわからない。電車の乗り方がわからない…など)

②そのことを言ってきた理由は、どうしてだと考えますか。

③その理由から、あなたはどんな意図をもって教案を立てますか。

是非一度、皆さんにも作成してみていただきたいと思います。地域日本語教室に関わる皆さんは現場があるのが強みです。本シリーズ講座での学びがそのようなエールになって、多文化共生社会実現の輪が広がるのでしたら幸いです。すでに私たちは次年度の準備を始めております。引き続きよろしくお願い致しますm(__)m

 

(有田先生の締めくくりからも励まされました)

これからもトコトン!地域日本語教育の「納得解」を見つけつつ、「主体的、対話的で深い学び」を実践します。

 

(今年はリアルで会いましょう!とお約束して、今年度のシリーズ講座を終えました♪)