青年クラスです。
3月11日(土)スズキ歴史館へいってきました。
https://www.suzuki-rekishikan.jp/index.html
今日は、盛りだくさんのご報告をいたします。
●1:30pm 南部協働センターに集合
歴史館で調べて記入するタスクが、講師から渡されました。(「開発」部門は何をするところですか?/「エコカー」とはどんな車ですか?/歴史館でわからなかった日本語を4つ書いて、あとでサポートの先生たちに聞きましょう)
●つきました
わくわく^^
●1階 エントランス
スズキ歴史館での諸注意について、映像で確認してから見学します。(携帯電話をマナーモードに/大声を出さない/ほかのお客様に迷惑をかけない/飲食禁止…)
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●2階 現在のクルマづくり
「開発」→「生産」→「販売(世界へ)」
開発部門です。みんな、本当に会議に参加しているみたいです。
モニターには、開発ミーティングの様子が流れます。
この大きなテーブルに座ると、本当に開発部門の会議に参加する体験ができます。
ちなみに会議は「All English」で行われています。
フィリピンの皆は英語が話せます。
今後は日本語を勉強して、仕事に通用するほどの英語力が見につけばこうした仕事もできるようになります。
がんばれば、仕事の選択肢が広がりますね。
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生産部門です。
タスクシートも少しずつ埋まり、終盤の3階へ向かいます。
●3階「歴史」http://www.suzuki.co.jp/corporate/development/
スズキ株式会社の創業は、織り機の技術にさかのぼります。
「織り機」の技術が自動車の生産に転じたわけですが、ではどうして、この遠州地区に「織り機」が求められたのでしょうか?
写真ではわかりづらいかもしれませんが、遠州地区の気候は「綿栽培」に適していたのですね。そのことが自然と工業としての綿織物産業を盛んにしていったそうです。
織り機の技術というのが「織物産業」「楽器(電子楽器の技術、ピアノ生産)」「光産業(テレビ発明)」「自動車、バイク」に枝分かれしたというのも驚きです。
織り機の技術はこんなにも日本の近代化を推し進める可能性を秘めていたのですね。
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遠州地区の有名な偉人たち
こうした偉人たちが生み、育んだ技術は世界進出を果たしました。
また現在県西部の製造業務に、多くの外国人が関わることになったはじまりなのですね。
●楽しく見学
●さて、タスクはできましたか?
最後に講師がチェックしました。
●最後に…
ところで今日、「スズキ歴史館」へ見学に行ったのには理由があります。
このクラスに通う子どもの数名は車の生産に関わっていますし、保護者がそうした仕事に従事している生徒も多くいます。
1台の車が作られるには「ドア付けだけ」「塗装だけ」「シート取り付けだけ」というわけにいきません。
実は「開発」の段階で
市場調査、調査で得られたことの分析、販売までの計画、収支計画などなど・・・
実に様々な戦略を立てます。
そして「生産」の段階があります。
「生産」の後は、「宣伝、営業して販売」といった流れがあります。
そのバトンが渡されてやっと1台の車になり、お客様の手に渡ります。
売れたら終わりではなく、お客様に安全に乗っていただくための「アフターケア」も大事です。
そういったつながり、流れを子どもたちに知ってもらうための授業でした。
皆で体験を通して学ぶことができました。
・・・という本講座も目標を立てて企画、計画、講義までを一連の流れで行っています。
次年度も積極的に事業展開できればと思います。
青年クラスは今日で最後です。3月18日は終了式になります。
1:30pm~ ザザシティ5階
1年間おつかれさまでした。