日系フィリピン人と浜松のつながり(報告)

10月15日(木)公開講座「日系フィリピン人と浜松のつながり」を実施しました。浜松市はフィリピン人が4,000人いますが、その中でも浜北区には約1,000人が暮らしています。この人たちの多くは日系フィリピン人であり、祖父母や曽祖父母が日本人で戦前にフィリピンに渡った子孫にあたります。彼らに「なぜ、浜北区に住んでいるの?」と聞くと、

「気候や地形が住みやすいから」「先に親戚や知人が多く住んでいて、日本の生活について教えてもらえるから」「赤電が通っていて、交通の便がいいから」「学校に通いやすいから(すでに親戚や知人が在籍、卒業していて小学校から高校までの道筋が見えやすい)」「大型ショッピングセンターが充実していて暮らしやすい」と言った声を聞きます。

さて、そんな日系人の方々のルーツや学校教育事情などについてお話くださったのは、元フィリピン日系人会の会長でもある足立ネルマさんです。この日はzoomで講座を開催しましたが、ご参加者よりチャットに寄せられた質問にも丁寧に答えてくださいながら、講座を進めてくださいました。

(第一部)日系フィリピン人の歴史

第二次世界大戦前のことです。フィリピンは日本人移民やその子孫が大変多く暮らしていました。彼らはダバオの密林を開拓し、アバカという麻を植えて生活していました。1904年~1941年、ダバオは日本人開拓者である日本人によって作られ、発展した町でもありました。

このような人々で17歳~43歳の人たちは戦時中、現地の招集兵として日本軍政につきました。戦争により、現地の人々が日系人に対する憎悪が深まったと言います。日本が敗戦した直後の10月、第一次帰還船がダバオ港に着き、日本人移民らは日本に強制送還されたそうです。けれども、日本の父親が領事館に出生届を出していなかったり、出生記録が戦争で消滅したりしたことで、日本国籍が確認できない人も多く、とくに混血二世は父親だけが日本へ。母親と子供はダバオに置き去りになり、一家離散というケースも珍しくなかったということでした。

混血二世の方々がフィリピン人の反日感情、憎悪を一身に受け、迫害や差別の対象になることもしばしばということが、歴史の中にあったそうです。

身を守るため、ジャングルの中に隠れたように生活するしかなく貧困をよぎなくされ、義務教育も受けられない現状がありました。

こうした実態に目を向け、手を差し伸べたのは日本の民間人や非政府組織の内田達男さん、網代正孝さんらでした。彼らは現地の調査をしたり、日本語教室や小学校・高校を設置。そして2002年にはミンダナオ国際大学を設立するに至ったとのこと。そして就籍活動においては、弁護士の河合弘之先生たちがお力を尽くされ、今では4500人以上の日系人が在留資格を取得して日本で働いています。就籍活動の詳細は、「認定NPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンター」のホームページをご覧ください。

(第二部)フィリピンの教育

フィリピンでは近年、「K-12」という教育制度を導入しました。これについては「フィリピン K-12」で検索すると様々に調べることができます。参考までに一つ、あるサイトをご紹介します。(こちら

用語の確認

言語が多岐にわたるダバオでは、小学校低学年のうちから「言語科目」が学年に応じて複数あります。母語であるビサヤ語、公用語であるフィリピン語、そして英語を低学年のうちに学びます。高学年になるとビサヤ語は科目に入らず、フィリピノ語や英語の学習時間が増えていきます。

高校生になるとより専門的なコースを選択するのですね。

さて、こうした学習項目の一連の流れと、学年ごとの特徴を教えてもらった後、「理科」について取り上げて状況をお聞きしました。授業は講義形式と実体験ということで、この点は日本と変わりがありません。しかし直面している問題点として、「実験室や教材の不足」を挙げていただきました。生徒数の多い公立学校では、選抜クラスの生徒が優先されて教材を使える環境にあるとのことでした。

それから家庭状況についてもお聞きしました。たいていのお宅は両親がともに働いており、子供の勉強のサポートはとてもできる状況にないそうです。子供たちは学校から帰宅しても両親の代わりに家のことをしたり、あるいは自身も稼がなければならなかったりと、家で勉強ができないということでした。

保護者の子供の教育への思いとして、「大学まで行かせたい」「自分の子供も海外で働いてほしい」「自分の老後はサポートしてほしい」「兄弟、姉妹の学費を払ってほしい」という願いを持つ一方、

親自身は子供の養育のために海外で働いて、離れて暮らしている。これにより、親は教育に熱心であっても子供はスマートフォンのゲームに夢中になりがちということも珍しくないいう問題が指摘されました。また、親は子供の職業に希望を言いますが、子供のほうは親の勧めた仕事に興味はないですし、何よりも「何をしたらいいかわからない」という現状もあるようです。

最後に、フィリピン国が目指す教育とは?「子供たちはいずれ海外へ出ることを想定している」「子供たちには技術を身につけさせて、海外へ送りたい」「多様な価値観を持つ教育をしている」ということでした。

ご参加者からは、「日系フィリピン人の直接のお声を聞くことができて、とてもよかった」「日系人の中でもフィリピンに関わる方々の歴史や教育については知らなかったので、知る機会を得てよかった」という好意的なご感想や、「フィリピンとひとくくりにせず、私立か公立かどちらで教育を受けて来日した可も視野に入れる必要がありそうだと思った」という気づきに至るご感想まで。様々なお声を頂戴しました。

足立ネルマ先生はこの講座のために、現地学校の諸先生方や生徒・保護者にヒアリングしてご準備くださいました。時間の関係でそのすべてをご紹介できなかったのはとても残念ですが、機会がありましたら第三弾を実施したいと思います。ネルマ先生、ご参加者の皆様、どうもありがとうございました。Malaming salamat po.